In My Life – The Beatles
composed by John Lennon & Paul McCartney ©1965 Northern Songs Ltd.
僕の人生で
いくつか印象深い場所がある
すっかり変わってしまった場所もあれば
全く変わっていないところもある
失われてしまった土地もあれば
一方でまだ残っている場所もある
全てにそれぞれ思い出がある
それは恋人や友人とも思い出
いつでも心に呼び戻せる
死んでしまった人もいるし
まだ生きている人もいる
全てが僕の人生にとって愛すべき存在だ
ビートルズが1965年にリリースしたアルバムRUBBER SOULの11曲目。ジョン・レノンとポール・マッカートニーの共作。
曲の原型はジョンが少年時代を回想しながら書いた長い詩で、リバプール時代に利用していたバスの路線から歌詞の着想を得たとされる。
間奏部のピアノは「エリザベス調のピアノを」というジョンのリクエストを受けてジョージ・マーチンが弾いている。テープを通常の半分の速度で演奏しミックス時に回転速度を通常に戻したもので、結果ハープシコードのような音になっている。
ジョンとポールはこの曲をライブで唄うことはなかったが、ジョージ・ハリスンが1974年の北米ツアーでこの曲をレパートリーに加え原曲とは異なるアレンジで披露。ただその際に"In my life, I love you more"の"you"を"God"に変えて唄って観客からブーイングを浴びた。
It was the first song I wrote that was consciously about my life. (Sings) 'There are places I’ll remember/ All my life though some have changed…’ Before, we were just writing songs a la Everly Brothers, Buddy Holly — pop songs with no more thought to them than that. The words were almost irrelevant. 'In My Life’ started out as a bus journey from my house at 250 Menlove Avenue to town, mentioning every place I could remember. I wrote it all down and it was ridiculous… it was the most boring sort of 'What I Did On My Holiday’s Bus Trip’ song and it wasn’t working at all. But then I laid back and these lyrics started coming to me about the places I remember. Paul helped with the middle-eight. It was, I think, my first real major piece of work. Up till then it had all been sort of glib and throw-away. And that was the first time I consciously put my literary part of myself into the lyric.
初めて自分の人生ってものを意識して書いた曲だ。(歌う)’There are places I remember / All my life though some have changed …’。僕らはそれまではエバリー・ブラザーズとかバディー・ホリーみたいなポップソングしか書いてこなかった。歌詞に小難しい意味とか思想なんか無かったよ。「イン・マイ・ライフ」は最初はメンローブアベニューの自宅から街へのバス旅行をイメージして書き始めたんだ。途中で目に止まったいろんな場所についての物語だね。書き終えたんだけどなんか滑稽で…「休日のバス旅行での出来事」みたいにくだらないものになっちゃって全然ダメだった。でもちょっと立ち返って「自分の人生で覚えている場所」みたいなテーマにしてみた。ポールがミドルエイトを手伝ってくれた。僕にとっては初めてのメジャーな曲だったと思う。それまでこのテの軽薄な曲は捨ててきたからね。そして歌詞を文学調にしようと意識したのもこれが初めてだった。
I think I wrote the tune to that; that’s the one we slightly dispute. John either forgot or didn’t think I wrote the tune. I remember he had the words, like a poem… sort of about faces he remembered. I recall going off for half an hour and sitting with a Mellotron he had, writing the tune… which was Miracles inspired, as I remember. In fact, a lot of stuff was then.
曲は僕が書いたと思う…なんていうと論争の種になっちゃうかな。ジョンは僕が書いたことを忘れてしまって自分が書いたと思い込んでるみたいだったね。僕の記憶はこうだ。彼は彼の記憶にある人々についてのポエムを書いてた。僕はその詩を受け取って彼のメロトロンを使って30分くらいで曲をつけたんだ。ミラクルズっぽいやつをね。実際結構参考にさせてもらったよ。
Recording Data
Environment
HostApple iMac MC509J/A
ApplicationApple Logic Pro 10.2.2
Audio I/FRoland UA-55
Tr.1 :: Drums
- KONTAKT 5 – NI ABBEY ROAD 60S DRUMMER
- Channel EQ > Compressor > Space D > Limiter
Tr.2 :: Snare (Open Rim)
- exs24 – Real ACO Drums – Standard Kit
- Channel EQ > Compressor > Space D > Limiter
Tr.3 :: Tambourine
- Tambourine (Headless)
- Channel EQ > Space D > Limiter
Tr.4 :: Bass
- Rickenbacker 4001 C64 (mix – full)
- Guitar Rig > Compressor
Tr.5 :: Guitar 1
- Gretsch Tennessee Rose (front – low)
- Amp > Channel EQ > Compressor > ADT
Tr.6 :: Guitar 2
- FGN NCST-10R (rear)
- Amp > Channel EQ > Compressor
Tr.7 :: Piano
- exs24 – Steinway Grand Piano
- Channel EQ > Exciter > Pitch Shifter > Phaser > Space D > Compressor
- 原曲は実スピードの半分で録音して倍速でプレイバックしている。この独特の音を再現するためにあれこれ加工した。
History
2016.05.26: version 2.1
2011.07.31: version 2.0
2002.11.25: version 1.0
Diary
- 宅録ビートルズ・2周目 – RUBBER SOUL総括 (2016/05/31)
- In My Life – The Beatles (2016/05/26)
- 宅録ビートルズ・2周目 437 (2016/05/26)
- 宅録ビートルズ・2周目 080 (2011/08/01)
Sources
- Wikipedia English, 日本語
- The Beatles Interviews Database
蛇足
間奏の部分に「過去の思い出」にまつわる写真のスライドを入れてみたらどうだろうと思ってやってみた。
で、いざ写真を選び始めると風景だけじゃなくて自分が写っているものも結構入ってしまう。
これまでビートルズのカラオケ動画作りでは「自分の顔を出さない」というルールを貫いてきたしこれからもそれは変わらないんだけど、この曲だけその禁を破ることになってしまった。
写真は全部で70枚。登場順に
- 1991年。新宿のヘッドパワーでのGlad Eyeのライブ前に控室にて。インターネッツのアバターはこれ。
- 1991年。新宿のヘッドパワーでのGlad Eyeのライブ前に控室にて。
- 実家の前の道路を東向きで。パイロン立てられて景観台無しになる前の風景。
- 実家の庭。
- 母校の狭山市立南小学校。
- 両親共働きだった僕にとって母代わりだった祖母。ケアセンターに入って間もなくの頃。
- 通勤路のモクレン通り。
- 母校の狭山市立入間中学校。2015年に廃校になってしまった。
- 父方の祖父が眠る沖縄平和祈念公園。
- 1987年。高校の文化祭でのステージ。スコーピオンズとアースシェイカーとラウドネスのコピー。
- 2002年に労組の仕事で行った札幌・大通公園。
- 実家の東にある森。正月帰省中に雪が降るのは珍しい。
- 東京タワーに88体のドラえもん。
- 1986年。高校の修学旅行で立ち寄らされた瀬戸内の無人島で写真部の友人が撮ってくれた。
- 香港国際空港でキャセイパシフィック搭乗待ち。
- 中国出張でよく泊まるホテル。深圳沙井長豊酒店。
- 香港国際空港旅客ターミナルの味千ラーメン。奥のバーキンは2011年にマックになってしまった。
- 大学時代の溜まり場・尾田邸の前。もともと廃墟みたいだったけどこの時には完全に廃墟になっていた。
- 所沢駅前からプロペ通り入口。
- 1986年。高校の山岳部で登った北岳にて。写真撮ったのはこの時だけだったと思う。
- 1996年。浜松フォルテでのステージ。フレットレスベース弾いてた。
- 鰻屋といえばここ。康川の「梅」。はみ出してる。
- 浜松五社神社の狛犬。
- 浜松駅前「ソラモ」で冬に登場するイルミ。
- 所有するグランドピアノの開かずの蓋ご開帳の図。
- 1989年。大学時代に組んでいたバンドROSERIEのメンバー。サークル用とかで学食前にて撮影。
- 2011年。実家近くの熊野神社で初詣の図。
- 静岡のソウルフード「さわやかのげんこつハンバーグ」。
- 母のアトリエと化した実家のかつての僕の部屋。
- 自宅。
- 2012年。浜北おとぎ草子でのThe Rainのステージ。
- 中国出張でよく泊まった深圳宝安都之都大酒店。
- 大井川鐵道のSL。
- 大好きな絵本「やっぱりおおかみ」の決め台詞。
- 2008年。福生でのGlad Eyeのステージ。
- 初めて買ったギターを買い換えた時にショップで撮った新旧横並び。
- 北京ダック。もちろん美味しい。
- 2012年。浜松航空祭でブルーインパルスが描いたハート。
- 中国で巡りあった宇宙でいちばん美味しい料理「蒜蓉粉絲蒸扇貝」
- 小学校近くの横断歩道を渡る息子。「ひとりアビーロード」状態。
- いつかの夏の空。
- 2013年。浜松根上り松ビスケットタイム。
- 浜松駅南口。
- 1987年。高校の文化祭でのステージにてBlackbird弾き語りの図。
- 2011年。池袋マール。
- 入曽駅西口。
- 1991年。新宿のヘッドパワーでのGlad Eyeのライブ前に控室にて。
- 2012年。やらまいかミュージックフェスティバルでのBeatalsのステージ。
- 高校の恩師の勇退式にて。かつてのクラスメイト。
- 西武ドームでライオンズ応援。
- 台湾出張中の休日・中正記念堂。
- 1987年。高校の文化祭でのステージ。プレスリーとかやってたバンド。
- 夏の多摩川上流。
- 鎌倉の大仏。
- 中田島砂丘。
- ノーザンホースパーク内の馬車引きさん。
- 貴平町On The Roadでの月例セッション。
- 2012年。池袋マールでのステージ。Come Togetherをインストで。
- 2014年。浜松メリーユーでのハッタリンジンのステージ。
- 1996年。浜松フォルテでのステージ。コージー・パウエルなど。
- 国民宿舎から臨む東名高速浜名湖IC付近。
- 2015年。弁天島コニーキャッツにてTRDのステージ。
- 寝台特急北斗星の食堂車。
- 小江戸川越・時の鐘。
- 名古屋市科学館。フーコーの振り子。
- 浜松市の最奥地・水窪。
- 富士川越しに臨む富士山。東海道新幹線ではここがいちばんの富士山スポット。
- 長瀞で作った焼き物の器。
- 日本科学館のジオ・コスモス。
- 秩父で見つけた胡蝶花。
と、こんな感じ。